前回は、Big Dataを経済指標や気候データなどを対象にその解析メリットについてお話ししましたが、コンシューマを対象にするビジネスに関わっている人々の関心の対象はもちろん、人間行動の分析にあるでしょう。具体的には人間の行動の履歴情報は「ライフログ」という言葉に総称されてしまうのですが、どうもログという響きがアクセスログやウェブログを想起させるために、ライフログが細分化された詳細な日記やスケジュール管理のように聞こえ、ライフログが持つ深遠な課題と可能性について誤解を与えているように思います。なぜなら個人のライフログを理解するということはその人そのものを理解するに近い行為であり、人類のライフログを理解するということは、人類とその歴史を理解するということだからです。
そもそも、ライフログという言葉は、先端技術にありがちなことですが、アメリカの国防総省の国防先進研究計画庁(DARPA)によって着手された軍事研究の名称でした。ターゲット(敵)に向かう兵士の見聞き、読み、触れたものから自身の生体情報の全てを記録するという機密プロジェクトで、2003年5月に公表されたのですが、プライバシーの侵害を危惧した国民自身の大きな反対にあって、2004年1月に打ち切られたという歴史を持ちます。よって現在、同名のライフログは、国家による軍事目的でなく、個人向けの活動(企業活動含む)となっただけで、本質的な目的に変わりはありません。特定の人間を取り囲む環境(自身が発信する生体情報を含む)のすべてをセンシングし、その活動を第三者もしくはコンピュータが効率的に管理し、目的支援するというものです。
具体的に、DARPAの研究が実現しようとした機能には、兵士の血圧が急激に下がっている=大量の失血をしているだろうという情報(本人は意識を失って自分では通信出来ない場合)に対し、迅速に看護兵を向かわせるというようなことや、地点情報と移動方向を把握している兵士に、判別不可能な危険情報(同士討ちを避けたり、視界外に接近する熱源を探知するなど)を第三者やコンピュータから通知したりするようなことは可能としようとしたのだと推察されます。しかしながら、こういった技術は過剰に情報を収集して、分析することに時間やコストがかかり、かつ膨大な指示を同時に出しても兵士が混乱して実施することが出来ないという課題も同時に発生するため、DARPAでは、脳の活動に反応し、認知の拡張を目指すしたシステム(Augmented Cognition=AugCog:増強された認知)の研究プロジェクトも同時に行っているようです。
一例として、ボーイング社は、機能的磁気共鳴映像法(fMRI)を使用し、パイロットの視覚および言語記憶にどのように負荷がかかるかを調べ、最も重要なレーダー画像をスクリーンの中央に表示し、攻撃すべき次の標的を示唆。パイロットの脳にかかる負荷が過大になってしまった場合は、システムが自動的に人間の役目を引き継ぐなどの制御装置を試作したり、ハネウェル社は、市街地を戦闘地域としたシミュレーション実験で、兵士が移動するのを支援するため、彼らに装着されたハンドヘルド型コンピューターへ絶え間なくメッセージを表示することで、敵の待ち伏せを回避し、負傷した兵士を退避させ、更に頭に取り付けられた脳波計(EEG)から、兵士への脳にかかる負荷が過大になったと判断すると、メッセージの送信がスローダウンさせるなどして、医療救助の効率を3倍以上迅速にし、敵の待ち伏せの回避率を3.8倍に上げたという報告もあります。
これら一連の研究を通じて考えさせられるのは、人間は自分を取り巻く環境から感覚器官(五感)を通じて入力される情報だけでも、1秒当たりだいたい1,100万ビット=約1.3メガバイトと相当量あるにも関わらず、われわれが見ている、聞いていると自分が「意識」している知覚の情報量はたったの70数ビット程度しかないという事実です。(参考ですが、北米では医療機関における画像データ量が、年35%以上のペースで増加し、2014年には260万テラバイト近くに達すると予想されています。)これは、人間がその人にとって意義(論理深度や有意な複雑性)のある情報以外を無意識下に処分(discard)もしくは消却しているからなのですが、もともと人間の身体と意識つなぐ帯域が極めて狭いのか、それとも意識が処理できる能力に限界があって情報を絞っているのかはわかりません。ただ重要なのは、せっかくBig Dataから有意な情報が取り出せたとしても、その情報も更に圧縮もしくは削減しなくては、人間に過度のストレスを強いるか、冷静な選択を諦めてしまう、もしくは放棄してしまう「選択過多(Choice overload)」という問題があるということです。
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